6月 2 2019

レッド・ベルベット 1 刊行とお礼

4月23日に現在連載中の作品のレッド・ベルベットの1巻が出ました。雪風にも1って付いてましたが、正真正銘の2巻目のある1巻は今回が初めてです。感慨深いです。雪風も2を出したいですね。実はエル・ディアブロと、エンブレイスと、アポロジーってタイトルの漫画がまだ単行本になっていません。前の二つは最後の1話が描けてなくて、アポロジーは全ページフルカラーで完結しています。いつか出せるのかなって思います。それは置いておいて、レッド・ベルベット1を買ってくださって本当にありがとうございました。サイン会にいらしてくださったり、アンケートハガキを書いてくださったり。ツイートを読みにきてくださるだけでも十分に支えになってくれています。何にもしなくても思っていれば届くんだって私は信じているので、そういう見えないものを感じて幸せでいられます。あんまりたくさん落書きもあげられなくなってしまったけど、今やれる最大限まで描いているので気長に見守ってやってください。

連載は多分、昨年の10月くらいから始めている。もう9話まで描いた。最初にどんな話を描けばいいのかちょっと悩んだ。でも、久しぶりに雑誌に載ってる漫画を読んだら作風も画風も変わってるって、寂しく感じて欲しくなくて、いつも通りに描くことにした。ちょっとはウケたい気持ちもあったけど、どうやったらそれができるかわからなかった。毎月の困りごとは、お話を作る手順が多すぎて時間がかかってしまうこと。資料を調べる時間があまり取れないこと。以前に描いたところを見返す勇気がなくて、ずれたり合ってなかったりしないか不安なこと。レイアウトを作るのにも時間がたくさん必要なこと。楽しいことは、やっぱり漫画が毎月描けることに尽きる。イラストを描くより漫画を描く方が好きみたい。唐突だけど、夏の同人誌が出せるなら、続き物の漫画を描きたいと思ってる。同人誌でも漫画が描きたい。イラストの本と漫画の本を交互でもいい。漫画だったら、家に持って帰って、読んで、いろいろ思うことができるから。お話だけ作って描いてない漫画もある。フルカラーの漫画にするつもりで、ちょっとお話が気に入ってる。お話ができてたら8割は完成している。それも描きたい。あまり欲張るのは良くないけど、漫画を読んでもらえると何かが伝わる気がして、なんだか気が急いてしまう。最近は私にしてはたくさん描いていると思うんだけど、足りない気がして。


3月 31 2019

骨身を削って漫画を描いているようでは向いていないのかな・・・

時々迷う。自信をすっかり失ってしまう。お話を作るのには本当は一ヶ月かかる。今は半月でなんとかやっている。絵を描くにも時間がかかる。どんなコマでも全身描くようにしている。デッサンがうまく取れないからだ。手足が見切れる時は枠の外まで描かないと必ず絵が崩れる。漫画に向き合おうと誓ってからは、読む人に私の作品をを初めて知ってもらうような気持ちで描いている。漫画もイラストも。胡座をかかないよう、寄りかからないよう常に釘を刺している。今はちょっとだけ辛い。ちょっとだけ。昨日は対談があって夜に急いで戻って描きかけのカラーの絵を仕上げた。線画が下手でいつも何日もかかってしまう。描いたり消したりを何度も繰り返して気が遠くなる。朝見直して提出して晩御飯の用意をして、昼はシナリオを書きに出る。夜はまたイラストを描く。2時かそこらまで。寝る時は布団の中で目を閉じて漫画のために映像を作る。すぐ寝てしまうから1時間もやれないけど大事な時間だ。明日は8時くらいには家を出てシナリオの続きを作りたい。

今日あったいいことは雨が降ってたことかな。春らしい暖かさで時々強く降ったり止んだり、とにかく一日中降ってたようだ。歩く人の春物のコートが濡れているのも、急に強く降られた人が逃げて雨宿りするのも、雨が日没時間の夕闇を煙らせるのも、信号機の点滅が夜の濡れた路面に映るのも、何もかも好きだった。空気が湿気を含んで、まるで誰かにずっと寄り添ってもらっているように感じる。字を書くのはここまで。絵を描く。一本でも多く線を引く。私は弱いから、すぐに怠けちゃうから。


2月 21 2019

2月22日、6話目発売です。寺田克也さんと対談しました

モーニングツーが発売です、2月22日に。レッド・ベルベットの6話目が載っています。寺田克也さんとの対談記事もあります。

2016年9月の日記で神様と仲直りしたと書いてからずっと、絵は描き続けている。漫画も描いている。モーニングツーの連載作品をを読んでくださっている人が、展開が暗くて、あまり救いがなくて、気が重くなってしまうようなら本当に申し訳ないと思ってる。小さな幸せが好きなのでどうしてもそうなってしまう。でも、この世のどこかでまっすぐに生きられなかった人達が見つけて読んでくれたらいいなって。特に若い人で、感受性の強い人は是非読んでほしい。ここから読めるから。イラストを見て気になってる人は読みに行って。ちょっと読みにくいけど、共感できたらそれは、選ばれし者の証だから、たぶん。

大学にはもう10年いる。生活を安定させるために大学で勤め始めた。往復4時間の通勤時間は怒りを覚えるほど長くて無駄な時間だと何度でも思う。それでも大学には感謝している。無理もきいてもらったし、たいそう好きにもさせてもらった。入試や懇談の後の静かな研究室で一心不乱に漫画を描くのが好きだった。校内にある図書館で、古い建物の本を見たり、エンブロイダリーの本を読んだり、時々、地球の歩き方を貸し出してもらって、旅行に持っていくのも好きだった。大きくて匂いの良いローズマリーの木があって、枝をくすねて帰っては鉢植えで増やしたりもした。食堂は大嫌いで、ここ数年は足も向けなかった。紙カップのコーヒーマシンを撤廃したことを今でも恨んでいる。思い出話のように書いているけど、それは春休みで大学から遠ざかっているからだろう。教えることも学生と話すことも好きだったのに、通勤と雑務と会議には10年経っても慣れない。10年慣れないってことは向いてないってことなのかもな。人ごとのように感じるのは心が離れてしまっているからかもしれない。腹を立ててるくらいの方がまだいいのかも。


1月 21 2019

連載のこと、日々のこと。

モーニングtwoの連載、レッド・ベルベットは5話目を描き終えて、1月22日くらいに発売の号にそれが載るはずです。1話目の試し読みがこちらからできますので興味のある方は読んでみてください。内容は男の子二人が出てきて、たくさんの悲しいことと、ちょっとの幸せと、家族のこと、子供の世界の狭さなんかを描いています。昔から読んでくださっている人にはわかる、いつもみたいな漫画です。ケーキとスクーターとすぐ人を殴る悪い人と、レモネードとナイフとハグと。好きなものを描いているので私はたいそう幸せだけど、読み手の方がどう感じているかは書き手には永遠に知ることができません。本当は、一生懸命描けば伝わるんじゃないかなって思ってるんですが。

大学と専門学校で仕事をしながら漫画を描いてるから、それはもう時間がなくて、ちょっとでも効率化が図れるよう、できる限りの無駄を省く工夫をしている。iPad Proで漫画を描くのもその理由の一つで、これがなかったら私はもう2度と連載なんかできなかったんじゃないかなって、掛け値無しに思ってる。今は空いた時間が10分でもあれば漫画が描ける。半コマでも、1キャラでも、アタリだけでも。そうでなければtwitterでみてもらうイラストのアイデアだけでも。たくさんかけばよりわかってもらえる気がする。イラストでもいいけど、漫画ならより深く理解してもらえるって信じてる。漫画を描いて、読んでもらって、それが心のどこかに引っかかって、記憶に残ってくれたら何より嬉しい。贅沢を云うならずっと漫画を描いていたい。今の連載がずっと続けばいいってこととは違って、どこででもいいから描けたら幸せなのにって思う。利口じゃないから思ったことをすぐ口にしてしまうから、そう云うことを云うもんじゃないって時々云われてしまうけど、本当に思うことだからしょうがない。大学から遠く離れて一日中でも描いていたい。学校で仕事しているからこそそんな風に思うのかもしれないけど。

毎日の暮らしは、朝6時か7時に目が覚めて、大学へ行く日は8時過ぎたら家を出て、行かない日はコーヒーをいれたりしてから出かけてシナリオを書いたり、コワーキングスペースで原稿を描いたりしている。大学に行かない日は家族のお昼ご飯を調達して、また原稿をして、夜ご飯を作る。そのあとは夜中の2時くらいまで絵を描くか原稿を描くかしている。月に一回くらいは映画かライヴに行けるか、時々は繁華街をぶらぶらするんだけど、大好きだった文房具屋も画材屋も、シャーペンですらほとんど使わなくなったので必要なくて眺めに行くこともしなくなった。物欲もあまりなくなって、履く靴はいつも決まってて壊れるまで履くし、たまにライヴ会場でマーチャンダイズのTシャツを買うくらい。iPad Proこそ最新のを持ってるけど、電話はiPhone 7だしカメラも持ってないしカバンも10年くらい使ってる。シナリオはノートに書くけど、必ずキャンパスノートを使ってる。B罫で読みづらい字を詰め詰めに書く。同じノートに日記も書く。悲しみや後悔も書く。


7月 11 2018

夏コミの予定となくなった100枚超えの画像データ

iPadとProcreateを使って絵を描き始めてもう2年になる。昨年の夏前からは特によく描いていて1日か2日に1枚ずつはできていた。でもそれが6月の頭に全て無くなってしまった。iPad proを初期化したときにあるべきはずのバックアップデータがなかったからだ。200枚以上は描いていたと思うけど、数えてなかったから覚えていない。なぜバックアップがなかったかについてはアップルのスペシャリストと話したけど、結局ないものはないという話だった。愕然としたしちょっと泣いたけど、そんなことをしていてもどうにもならないので、また1から絵を描き始めた。あれから15枚くらい描いた。幸運だったことになくしたデータの一部も見つけた。十数枚か二十枚かってところだけど。なくなったデータのもっとも古いものをTwitter上の画像で見てみると、自分が考えていた程は上手じゃなかったことに気づいた。塗りも荒いし今ならもっと上手く描けると思う。そのことが悲しい気持ちを半減させた。次に描こうと思う絵のことを考えて前を向いていると、さらに後悔は小さくなる。・・・というような事情があって、夏コミの本は画像が小さくなったりちょっと少なくなったりするかもしれないけど、イラスト集を作って持っていく。冬に売り切ってしまったBL本も手を入れ直して持っていく。それ以外は急にコピー誌がでるかもしれない。今決まっているのはそのくらい。

幼稚園の頃から中学2年生まで家族で屋根裏部屋に住んでいて、天井は斜めに傾斜し、床は板張りだった。太い梁が背の高さより低いところにあってなんどもなんども頭をぶつけて嫌いな部屋だった。。空気孔程度の40センチ四方くらいの小さな窓があって、唯一そこから見える景色が大好きだった。好奇心の強い子供だったから、窓から見える気になる場所にはどこにでも行ってみた。アドバルーンのあるところ、大きな木のあるところ、赤い屋根のあるところ。その中でも一番遠くにあってどうやっても行けそうにない場所があった。とても背の高い建物でとても遠くにあり、夕方になると空気に溶け込んだような水色になり、夕日のあたる場所だけが光の色に輝いていた。天気のいい日も悪い日もその建物群を眺めていた。雨の日の光らない建物も好きだった。大好きだったし、誰かに聞いたらそこがどこか教えてもらえたかもしれないけど、ずっと秘密にして黙っていた。もしかするとそこがどこか知りたくなかったのかなとも思う。子供だったけど、遠くにある建物が近づくにつれ見え方が変わることを知っていた。それは寂しいことだ。夢に見たものがこのアパートや学校の校舎のように感じられるのが嫌だったのかもしれない。夕方の景色と、工場のラジオから流れる悲しいメロディの歌謡曲が好きだった。物悲しさに首まで浸かったマセた子供だった。